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福岡高等裁判所 昭和35年(ネ)152号 判決

控訴人 国

訴訟代理人 中村盛雄 外一名

被控訴人 小浜鉄雄

主文

原判決を次のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し金二八万円及びこれに対する昭和三三年一一月二三日より完済まで年五分の割合による金員を支払わなければならない。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じてこれを三分し、その一を被控訴人の負担、その余を控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決中控訴人勝訴の部分を除き、その余を取消す被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述竝に証拠の関係は

控訴代理人において

(一)  本件干拓工事は昭和二一年三月着工され、本件事故発生の前年度である昭和二九年度までには、原判決添付図面のNo.0よりNo.18附近まで石垣二基(高さ六〇糎)を構築し、昭和三〇年度においては、No.19+57(No.19よりNo.20に向け五七米地先の意味、以下同じ)よりNo.23の区間及びNo.23よりNo.23+47の区間に石垣二基を構築する作業をしていた。

(二)  石垣を構築しただけで、干拓地の堤塘が完成するものではないが一応当該年度の工事が完成すれば、適当な位置に航行用の標識として、棒杭及び三角板をつけた棒杭を設置した。昭和二九年度までに石垣を築いた区間には、当該年度までに次のとおり標識を設置した。

1  No.14とNo.17との中間      三角板をつけた棒杭

2  No.10+53           右同

3  No.9+56           棒杭

4  No.8の水製工先端       右同

5  No.6の右同          右同

6  No.4の右同          右同

7  No.4の水製工と堤塘との分岐点 右同

8  No.0+79           右同

また現に工事施行中の個所には竹棒を立てていたが、これは工事用の標識であると共に、附近航行者に対する標識をも兼ねていたのである。そして右竹棒は漁業用の竹棒と見まごうこともないものであり、工事完了後は放置することもあれば、撤去することもあつた。

(三)  船舶航行者に対して干拓現場を認識させるために、いかなる標識をいくら設置すればよいかについては、法令上定めるところがないから、慣行により決する外はない。一般に干拓工事の標識は、三角板または四角板をつけた棒杭を干拓工事の最前線に二本乃至四本立て、干拓現場の囲繞線上に適当な標識を設けているのであり、有明海海岸線における農林省直営の有明干拓地区、三池干拓地区、不知火干拓地区、出水干拓地区等みなそうである。有明海航行者は、右のような標識が干拓工事現場の標識であることを知り、被控訴人自身も、三角板の標識が干拓現場の標識であることを知つていたのである。本件現場の標識は、右慣行に従つたものであり、控訴人の標識設置に過失はない。

(四)  本件事故は全く被控訴人の過失に基因するものである。すなわち

(1)  被控訴人は一〇数年来有明海を航行してきた経験豊かな海運業者であり、月一回位の割合で、筑後川方面に来ていた者であるから、前記標識に当然気づくべきに拘らず、これに気づかなかつたのは被控訴人の不注意によるものである。

(2)  一般に干拓工事を施す場所は、その背後地より潟が高く、本件現場も背後地より三〇糎乃至四〇糎高いのである。故に既設の干拓地(本件の場合は昭和搦元治搦)附近を航行するには、特に水深と船の喫水との関係を顧慮すべきである。しかるに被控訴人が、本件現場を航行した際の水深は二米二〇糎未満でありかように喫水すれすれの海域を航行したことは、安全航行の手段を尽したとはいえず、また海図をも所持せず、且つ水深を確かめることもなく航行したのは、被控訴人の過失である。

(3)  被控訴人の船が最初に衝撃を受けた地点は、No.22とNo.23との中間であるが、その附近は当時干拓工事中で、多数の竹棒が立ててあつた。陸地から僅か三〇〇米余離れた海域に、漁業用の竹が立てられている筈がないことは、被控訴人も当然知つていたのであるから、右竹棒を目撃して、障害物の存在を当然予測できるのに、これを予測しなかつたのは、被控訴人の不注意である。

(五)  控訴人が水路業務法第一九条により海上保安庁への通報を怠つたことは遺憾であるが、仮に右通報をしたとしても、被控訴人は海上保安庁の航路告知を知らない状態にあつたのであるから右通報懈怠と本件事故発生との間には因果関係がない。

(六)  仮に以上の主張が容れられず、控訴人に過失があると認定されるとすれば、控訴人は次のとおり主張する。

(1)  被控訴人が船舶修理のため借用した金員に対する利息金三二、四〇〇円は、本件事故により通常生ずべき損害にあたらないからこれを賠償額に算入すべきでない。

(2)  被控訴人の請求する本件船舶の修理代金一八三、五五〇円は、本件事故により船舶を修理した際、船体を拡張した費用も含めているが、拡張費は本件損害とは無関係であるから、これを損害額に算入すべきでない。

(3)  控訴人の前記過失を賠償額の算定につき斟酌されたい。なお修理の際船体を拡張した事実がないとすれば、被控訴人所有の本件観栄丸は、本件事故以前から総屯数二〇屯を超ゆるものであり、船舶法の制限に服すべきである。しかるに被控訴人は法律を無視し、船舶法または関係法令に定める事項(例えば国籍証書を有しない船舶は航行せしめてはならないこと、喫水尺度を船体に標示すべきこと等)を遵守しなかつた態度は、被控訴人の粗ほんな航海態度を示すものであり、被控訴人の前記過失の程度を大ならしめるものである。

と述べ

被控訴代理人において

控訴人主張の前記(一)は知らない。

同(二)(三)は否認する。本件事故当時三角板のついた棒杭は存在しなかつた。その他の棒杭は干拓工事中に立てられたものと思われるが、工事竣工後取除かれたり、倒れたりして、本件事故当時まで存在したとは考えられない。仮に存在したとしても、それらの棒杭は満潮時水面上一米乃至二米しかなく、航路標識としての用をなさない。

同(四)も否認する。被控訴人が従前本件干拓工事場附近を航行したのは、いつも満潮時であつたから、本件事故現場附近が干拓工事場であることは知らなかつた。第一衝撃地附近に多数の竹棒が立てられていた事実はない。海図を所持しなかつたことは本件事故と関係がない。

同(六)も否認する。被控訴人のように、船長一人、船員一人の営業では、多額の修繕料は他から融資を受ける外ない。故に該借用金の利息は通常生ずべき損害にあたる。

本件船舶は事故前から、一九屯をはるかに超えるものであつたが船舶法の制限を免れるため、一九屯として届出ていたものである。

なお船舶法違反は本件事故とは無関係である。

と述べた。

証拠〈省略〉

理由

当裁判所は、左記理由を附加する外、原判決の説示するところと同一理由により、被控訴人所有機帆船観栄丸が昭和三〇年一二月一五日佐賀県佐賀郡大詫間干拓工事現場の堤塘基礎石垣に座礁した本件事故は、干拓工事施行者である控訴人が、附近航行者に対する危険防止のため、当然負担すべき注意義務を怠り、危険区域の標識等の設備が十分でなかつたことに基因するものであり、従つて控訴人は被控訴人に対し、不法行為による損害賠償の義務を負うものであること竝に本件事故発生については被害者たる被控訴人にも過失があり、該過失は賠償額算定につき斟酌さるべきであることを各判断するので、右原判決理由をここに引用する。

各成立に争のない甲第一〇号証、甲第一三号証中証人坂本多喜男、同黒後竜男の各証言部分、本件干拓工事現場の写真であることにつき争のない乙第二号証の一乃至一五に原審証人黒後竜男、同坂本多喜男、当審証人田代智博の各証言を綜合すれば、本件干拓工事は昭和二一年に着工し、爾来工事を継続し、昭和二九年度までに控訴人が前記事実摘示(二)の1乃至8において主張する個所に、その主張の標識を設置したことを認められないではない。しかし成立に争のない甲第一二号証の一、二によれば、本件海難事件につき門司地方海難審判庁が昭和三二年一一月一九日に現場検査をした際には、原判決添付図面No.14とNo.17との中間(干拓地区南西端)の基礎上に高さ六、五米の棒杭があり、No.4の基礎東側に白塗三角板附棒杭(これが本件事故当時に存在したことは、控訴人の主張しないところであるから、事故後右現場検査までの間に新たに設けられたものと推認される)があり、その他には干拓地区内外の諸所に竿、棒が立てられていたのみであることが認められるので、これと成立に争のない甲第九号証、甲第一三号証中受審人小浜鉄雄に対する質問応答部分及び原審における被控訴本人の供述を総合すれ、控訴人主張の前記(二)の1、2の三角板附棒杭は、本件事故当時既に撤去または流失していたものと認める外なく、その他の棒杭もそのとおりの姿で残存したものとは認められない。現に前記甲第一二号証の一、二によれば、前記海難審判庁の現場検査の際にも、干拓地区南西端から東方約一一〇米の石垣上に、本件船舶とは別の一六屯位の機帆船一隻が座礁していた事実が認められる。従つて本件事故当時は、干拓工事場の範囲を一般航行者に明認させるに足る整然とした標識は存在せず、単に附近に竿、棒等が広い間隔をおいて雑然と存在したに過ぎなかつたことが推認される。また控訴人は、被控訴人の船が最初に衝撃を受けた地点附近は、当時干拓工事中で、一見してそれと判る竹棒多数が立ててあつたと主張するけれども、その事実を認めるに足る証拠はなく、原審検証の結果によれば、該検証(昭和三四年六月二六日)の際には、No.17とNo.16との間に竹棒二本が存したに過ぎないことが認められる。

次に、本件事故により原告の受けた損害は、船体修理費金一八三、五五〇円、右修理費にあてるため他より融資を受け、これに支払つた利息金三二、四〇〇円、薪三、五〇〇束の喪失による損害金一〇五、〇〇〇円、海難審判及び現場検査立会のための旅費、宿泊費等金一五、〇〇〇円、船舶修理のための休業一ケ月竝に海難審判及び現場検査立会のための休業一五日を余儀なくされたため、船舶運行により得べかりし利益の喪失による損害金二八、五〇〇円であることは、原判決の説示するとおりであるから、ここにこれを引用する。なお前記融資の利息金は、特別事情による損害というべきであるが、有明海沿岸のような水深の浅いところを航行する船舶の所有者は、概して小規模の営業をなすものであり、そのような業者が海難にあい、十数万円を要する船舶修理をなすには、通常他より融資を受くべきことは、一般に予見し得られるものと見るのが相当である。控訴人は前記船舶修理費中には、船体を新たに拡張した費用も含まれていると主張するけれども、その点に関する甲第一三号証の記載は、原審証人中村弥四郎の証言及び原審における被控訴本人の供述に照らし措信し難く、他に右事実を認むべき証拠はない。しかし被控訴人が座礁船内で時化の中を一夜過ごし、肉体上及び精神上受けた苦痛に対する慰籍料としては、当裁判所はこれを金一万円とするを相当と認める。

以上のとおり、本件不法行為により被控訴人の受けた損害は合計金三七四、四五〇円となるが、本件事故発生については、原判決の認定したとおり、被控訴人にも過失があり、該過失は決して軽微なものとは考えられないので、これを斟酌し、本件損害賠償額を金二八万円とするを相当と認める。

よつて被控訴人の本訴請求は、右認定の金二八万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和三三年一一月二三日以降年五分の法定遅延損害金の支払を求める限度において、正当として認容し、その余は失当として棄却すべく、これと一部異なる原判決を変更することとし、民事訴訟法第三八六条第九六条第九二条に従い主文のとおり判決する。

(裁判官 竹下利之右衛門 小西信三 岩永金次郎)

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